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仮差押えとは、金銭債権またはこれに換えることのできる債権を保全するために、債権額に相当する範囲で債務者の財産の処分を禁じ、現状を変更できないようにする手続きをいいます。
例えば、典型例として、XがYに対して売掛債権を有している場合に、Yの信用不安が発生して支払い困難な状況に陥ったという事例を考えてみましょう。この場合、XがYに対して債権回収の訴え(本訴)を提起して勝訴することは簡単ですが、勝訴判決が確定するまでにYがそのめぼしい財産を全部処分してしまい、その結果、せっかくXが確定勝訴判決を得ても1円も回収できないという事態が容易に想定できます。
しかし、本訴を提起する前に仮の処分としてYの不動産、動産、債権等の財産を仮に差し押さえておけば、Yはその対象となった財産の処分を禁じられるので、本訴の確定勝訴判決を得たXは、仮差押え済みの財産に対して強制執行をし、そこから債権額の全部または一部を回収することができます。
仮差押えは、法律上は債務者の財産処分を禁止する効果に止まるものであり、債権回収のためには別途本訴を提起して確定勝訴判決を得る必要があります。
また、財産処分を禁止する効果とはいっても、例えば、後述のとおり、債務者の不動産を仮差押えすると仮差押登記がなされるわけですけれども(4. 仮差押えの手順・手続き(4)参照)、債務者はなお当該不動産を第三者に売却処分することができないわけではありません。しかし、事後に確定勝訴判決を得た債権者は、そのような処分行為にかかわらず、当該不動産に対して強制執行をし、当該不動産から債権の回収を図ることができるのです。この点が、仮差押えの法律上の最も有意な効果といえるでしょう。
加えて、仮差押えが認められると、本訴でも相当程度の勝訴の見込みがあると受け止められますし、債務者としては特に預貯金債権に対して仮差押えがなされると不都合が生じるので(この点は後述します)、仮差押命令が発令された段階で債務者が観念して任意の債権支払いに応じるという事実上の効果も期待できます。
冒頭に述べたとおり、仮差押えを行うには、金銭債権またはこれに換えることのできる債権を有していることの疎明が必要です。疎明とは、ある事項の存否について、裁判官が一応確からしいとの推測を得させる行為をいいます。仮差押えは、簡易迅速を要する手続きとして、本訴における証明までは必要なく疎明で足りるとされています。
仮差押えにおける保全の必要性は、仮差押えを得られないと、債務者が財産を隠匿または処分してしまい、債権者が将来金銭の支払を命じる確定勝訴判決を得て強制執行しても、債権回収が不可能または著しく困難になるおそれがあることで、債権者はこの点を疎明する必要があります。
仮差押えの手続きは、債権者が、管轄裁判所に対して、仮差押命令申立書を提出することで始まります。
申立書には、
等を記載します。
申立書の他に添付書類として別途提出を要する書類として、
等があります。申立書には、2,000円の収入印紙を貼付します。
本訴では、公開の法廷で口頭弁論手続きを行い、原告・被告双方が出廷して主張・立証と反論・反証を戦わせますが、仮差押えは、債務者に察知されないうちに債務者の財産を保全するという目的上、原則として債務者を出廷させることはしません。ですから、債権者が提出した申立書の記載と疎明方法の内容のみをもってその是非を判断することになるのですが、裁判官としては、その過程で疑問点や不明点が生じたり、疎明方法に不足ありと考えたり、誤謬の補正が必要であると気付いたりしますので、それらの解消を目的として補充的に債権者と面接することになります。
上記面接を経て、裁判官が仮差押命令の発令を可と判断すると、裁判所から上記面接において、または電話連絡により、担保金を積むように告知されます。担保金は、通常現金を供託所に供託することで用意します。そして、担保提供期間内(一般的には7日。期間の計算は、担保提供の告知の日は算入しない。)に供託書正本とその写しを裁判所に提出すると仮差押命令の発令手続きに入ります。供託ではなく、裁判所の許可を得て、銀行の保証書(支払保証委託契約締結証明書原本等)を提出することもできます。担保金の額は、概ねですが、不動産仮差押えのときは目的物または被保全債権額の15%から20%程度、債権仮差押え動産仮差押えのときは20%から30%程度といわれています。
仮差押命令が発令されると、仮差押決定正本の交付を受けることができ、その後執行に進みます。
不動産仮差押えの執行であれば、登記簿謄本に〇年〇月〇日〇〇裁判所の決定により、債権者〇〇のために仮差押えがなされた旨を記入することによって行われます。これは、裁判所が登記官吏に嘱託することによって行われるので、特別な執行委任手続きは不要です。
動産の仮差押えの執行は、執行官が債務者所有の動産を占有することによって行われますが、動産仮差押命令が発令されても、執行官が自動的に行ってくれるわけではないので、執行官に執行の委任を行う必要があります。執行委任に当たっては、執行委任書に決定正本を添えて提出し、執行予納金を納めなくてはなりません。その上で、事前に執行官と面接して、執行の日時場所、方法等について打ち合わせをして執行に臨むことになります。
債権仮差押えの執行は、裁判所が仮差押決定正本を債務者と第三債務者に送達して行います。特別の執行委任手続きは必要ではなく、申立人債権者が郵券を予納しておけば裁判所がそれぞれに送達します。仮差押えの効力は、決定正本が第三債務者に送達されたときに生じます。
上記のとおり、相応の担保金の確保が必要です。5,000万円の不動産の仮差押えなら、1,000万円程度は必要ということになります。何のために担保金を積むのかということについては、仮差押命令は債務者の関与なく発令されるために、実際は債権が存在しなかったなど誤って発令されることもあり、その際の損害を担保するため及び権利なき者による申し立ての濫用を防止するためです。この保証金は勝訴判決確定まで、あるいは債務者との和解により債務者からの同意が得られるまで取り戻すことはできません。
先に債務者の預貯金債権に対して仮差押えがなされると不都合が生じると説明しました。それは、預貯金者と金融機関が締結する定型約款である取引約定書には、預貯金の仮差押えがあった場合には、預貯金者は全ての債務について期限の利益を喪失するという条項が必ず入っているために、ある金融機関の預貯金に対し仮差押えがなされると、預貯金者は、当該金融機関に止まらず、ありとあらゆる金融機関に対する期限の利益を失い、全ての債務を全額直ちに支払わなければならなくなるからです。これにより、債務者が破産に至るリスクが一挙に顕在化するのです。この点、破産申し立てに至った場合には、仮差押えをした債権者が他の債権者に優先すれば良いのですが、仮差押命令は破産の申し立てにより効力を失うので(破産法42条2項前段)、結局、一般債権者と同じ立場にしかならず、骨折り損のくたびれもうけとなる可能性もあるのです。
以上のとおり、仮差押えの申し立て一つとっても容易なものではなく、高度の実務上の知識と経験が必要です。また、直面している事案で仮差押えの申し立てをした方が良いのか否か、そのメリット・デメリットを踏まえた判断にも専門家の支援が必要です。債務者からの債権回収にリスクを感じたら、迷わず弁護士に相談することをお勧めします。