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みなさんは、裁判で勝つと、相手方の財産を裁判所が勝手に強制執行して、債権者に渡してくれると思っていませんか。
実際には、裁判所はそんなに優しくありません。
債権者は、判決などの債務名義を取得した後、債務者の財産に対して強制執行及び換価してもらうための手続きを改めてしなければならないのです。
その手続きを定めた法律が、民事執行法です。
そして、民事執行制度をめぐる最近の情勢を踏まえ、債務者の財産状況の調査に関する制度の実効性の向上、不動産競売における暴力団員等の買受けの防止や子の引渡しに関する規律の明確化を図ることなどを目的として、令和元年に民事執行法が改正されました。
改正法は、令和元年5月10日に成立、同月17日に公布され、令和2年4月1日から施行されています。
このコラムでは、今回の改正の総論として、主な改正項目に関し、改正前の状況、改正の趣旨及び改正内容などを中心に解説していきます。
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今回の改正における大まかな概要は、以下の4点になります。
債権者が勝訴判決を得て、いざ強制執行をしようとしても、債務者がどのような財産を持っているかわからなければ、強制執行できません。
そもそも、強制執行するためには、債務者のどのような財産を差し押さえるか、債権者側で特定する必要があるからです。
債務者の財産状況を債権者に把握しやすくすることで、強制執行の実効性を向上させるため、平成15年の同法改正により、財産開示制度が創設されました。
財産開示制度とは、債権者が債務者の財産に関する情報を取得するために、債権者の申立てにより、裁判所が債務者(開示義務者)を呼び出し、財産状況を陳述させる手続きです。
しかし、この制度は債務者のプライバシーや営業の秘密等の観点や、悪質な貸金業者に濫用されることが懸念されたことから、債務者の不出頭や虚偽陳述に対して30万円以下の過料にしかならない(旧法206条1項)など、非協力的な債務者に対する制裁が抑制的な制度でした(実際に過料の支払いを求められることもほとんどありません)。
実際の利用実績も、平成28年12月26日の法制審議会民事執行法部会の資料によれば、年間500~1000件程度にとどまり、それほど利用されてこなかったようです。
さらに申立てがされた場合でも3件に1件程度しか財産開示されておらず、情報開示制度としての実効性が充分ではありませんでした。
このような現状から、財産開示制度をより利用しやすくかつ強力な制度とするために、以下の3点の改正及び新設がなされました。
順番に見ていきましょう。
①財産開示手続の申立権者の範囲の拡大
旧法197条1項では、財産開示手続の申立権者が限定されていました。
たとえば、金銭債権の強制執行の申立てに必要とされる債務名義のうち、仮執行宣言付判決、執行証書、確定判決と同一の効力を有する支払督促は、財産開示手続の申立てが認められていませんでした。
これに対し、改正法197条1項では、金銭債権の強制執行の申立てをするのに必要とされる債務名義であれば、いずれの種類であっても申立てが可能になりました。
たとえば、執行証書(公正証書)によって養育費の支払請求権を有する債権者も申立てができることになります。
申立権者の範囲の拡大によって、財産開示手続が利用しやすくなると考えられます。
②債務者が手続きに違反した場合の罰則を強化
上述のとおり、旧法206条1項では、債務者(開示義務者)が、正当な理由なく、期日に出頭せず、または宣誓を拒んだ場合や、宣誓した開示義務者が、正当な理由なく陳述を拒み又は虚偽の陳述をした場合には、30万円以下の過料となっていました。
これに対し、改正法213条1項5号及び6号では、そのような手続違反者への罰則として、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金が定められました。
この改正により、非協力的な債務者に対して、刑罰の心理的圧力がかかり、開示される件数が伸びることが期待されています。
③債務者の有する不動産、給与債権、預貯金債権等に関する情報を債務者以外の第三者から取得する手続きの新設」について
今回の改正により、財産開示手続の実効性向上のために、手続違反に対する罰則が強化されましたが、それでも債務者が応じないこともありえます。
さらに、最近では、金融機関や公的機関における情報の管理体制をめぐる状況が変化し、平成15年の改正当時とは異なり、ある金融機関の本店に対して照会をすれば、その金融機関は、全ての支店で取り扱われている債務者の情報を包括的に検索した上で回答することができるようになっているなど、金融機関や公的機関が債務者の財産に関する情報をある程度包括的に回答することができるようになってきているようです。
これら近時の事情を踏まえ、今回の改正では、情報取得手続が新設されました(改正法205条以下)。
情報取得手続の内容は、債務名義等を有する債権者が、債務者の有する不動産、給与、預貯金等について、これらの情報を保有する第三者から、その保有する情報の提供を受けることができるというものです。
■情報取得手続の大まかな流れ
・債権者の申立てに対する裁判所の決定後、第三者は裁判所に書面で情報を提供します。
・債権者は、裁判所から当該情報提供書面の写しの送付を受けることにより、情報を取得します(もっとも、第三者から債権者に当該書面の写しを送付することもできます。)。
・債権者に情報提供がなされたときは、債務者に対して、情報提供がなされた旨の通知がなされます。
この手続きの新設によって、債権者が債務者の所有財産の有無を調査することが必ずしも容易ではなかったことにより、債務者財産の特定ができず、強制執行を断念せざるをえなかったといった以前の弊害を、今後は少なくすることができるでしょう。
近年、公共事業や企業活動などから暴力団排除の取り組みが行われており、不動産取引を含め、契約書に暴力団排除条項が設けられることが多くなってきました。
もっとも、旧法では、暴力団員であることのみを理由とする不動産の買受けを制限する規制はありませんでした。
そのため、暴力団が不動産競売において買い受けた建物を組事務所として使用したり、その建物を高額転売するなどして高額な利益を得たりしていました。
そこで、暴力団への不動産の供給源を断つという公益的な要請の観点から、改正法では、競売行為を妨げる行為等の有無にかかわらず、暴力団員の買受け自体を防止する規律が設けられました。
具体的には、暴力団員等や、役員に暴力団員等がいる法人などが不動産競売における買受人になることを制限しています(改正法65条の2、68条の4、71条5号)。
たとえば、一方の親の下で監護及び教育されている子について、他方の親が監護及び教育を希望する場合、子の引渡しを請求することになります。
しかし、同居している親が任意で子を引き渡さない限り、子の引渡しを求める裁判の強制執行が必要となります。
子の引渡しを実現する裁判手続は、民事訴訟、人事訴訟(人事訴訟法32条)、家事調停及び審判(家事事件手続法171条、154条3項)などがあります。
現状では、調停及び審判において、子の引渡しの実現を保全するために、審判前の保全処分(仮の地位を定める仮処分)としての子の引渡しが全体の6割を占めているようです。
もっとも、旧法では、子の引渡しの強制執行について、明確な規定がありませんでしたが、実務上は、執行官が債務者から目的物を取り上げて債権者に引き渡すという動産引渡執行(旧法169条1項)に準じて行われていました。
財産権を対象とすることが想定されている法令を、子という人格に対する執行において準用するという運用がなされており、法的根拠が薄弱といわざるをえませんでした。
そこで、改正法174条1項では、子の引渡しの強制執行は、裁判所の決定により執行官に子の引渡しを実施させる直接的な強制執行の方法と、引渡しの義務の履行まで一定の金員の支払いを命じる間接強制の方法のいずれかにより行うことが定められました。
直接的な強制執行とは、債権者から裁判所に対して申立てがされ、これを受けた裁判所が執行官に債務者による子の監護を解くために必要な行為をすべきことを命ずる旨の決定をし、執行官が執行の場所に赴き、債務者による子の監護を解いて、その場所に出頭している債権者に子を引き渡すものです。
今回の改正により、子の引渡しを命ずる裁判の実効性確保とともに、子の心身に十分な配慮をするなどの観点から、子の引渡しの強制執行に関する規律が明確化されました。
①差押禁止債権の見直しについて
●差押禁止債権の範囲の変更の申立ての教示
152条により、債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権と、給料や賞与等の債権及びこれらの性質を有する給与に係る債権については、原則として4分の3に相当する部分が差押禁止債権となっています。
もっとも、この規定による差押禁止の範囲は画一的なものですので、債務者の資力など個別具体的事情に合わせて、債務者に差押禁止債権の変更の申立てが認められています。
具体的には、債務者の申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、裁判所が差押命令の全部もしくは一部を取り消し、または差押禁止債権の差押命令を発することによって、差押禁止債権の範囲の変更ができることが定められています(153条)。
しかし、この制度は十分に活用されておらず、その原因の一つとして、そもそもこの制度の存在自体が十分に認知されていないことが指摘されていました。
そこで、改正法では、裁判所書記官が、差押命令を債務者に送達するに際し、差押禁止債権の範囲の変更の申立てをすることができる旨を教示しなければならないと規定されました(改正法145条4項)。
②取立権の発生時期を後ろ倒し
また、旧法では、金銭債権の債権執行においては、債権差押命令が債務者に送達された日から1週間が経過すれば債権者が直接その債権を取り立てることができることになっていました。
(なお、債権執行事件では、強制競売のような裁判所による換価手続を通じてではなく、差押債権者による取立てを通じて、換価・満足が行われるのが通常です。)
ところが、給与等の債権が差し押さえられた場面において、差押禁止債権の範囲の変更の裁判実務では、裁判所が、債務者の給与等の額以外に、債務者の収入及び財産の状況、家計状況、浪費の有無、同居人の収入等を総合的に判断する傾向にあり、債務者がこれらの考慮要素に関する資料収集等の準備をするためには、それなりの期間がかかるので通常です。
そうすると、差押命令送達から1週間という時間制限内に、債務者が準備をして、差押禁止債権の範囲の変更を申し立てることは事実上困難との指摘がありました。
そこで、債務者に対して時間的猶予を与えることを目的に、給与などの債権の差押えがされた場合の特例として、差押命令の債務者への送達から4週間を経過しなければ取立てができないことになりました(改正法155条2項)。
債務者に対する教示と取立権の発生時期の後ろ倒しにより、画一的であった差押禁止債権の範囲について変更を申し立てる機会が増え、個別具体的な事案における不都合性を回避できる可能性が高まります。
③債権執行事件の終了について
債権執行事件の終了は、差押債権者による取立てを完了した旨の裁判所への届出や申立ての取下げといった差押債権者の協力に依存しており、事件の終了に関する規律が、他の執行事件に比べて不安定でした。
債権者が届出を怠っていたとしても制裁はなく、申立ての取下げ義務もないことから、実際に、差押債権者が上記届出や取下げをせず、漫然と事件を放置している事案が多発していました。
結果的に、第三債務者(債務者が有する債権(債権者が差押えしたもの)の債務者)にとっては、長期間にわたる差押えの拘束を受け続けることとなり、大きな負担となっていました。
そこで、
●債権の差押えがされた後、差押債権者が差押債権の取立てができるようになってから2年を経過したときには、差押債権者が第三債務者からの支払いの有無を届け出なければなりません(改正法155条5項)。
この届出がされないまま4週間を経過したときは、裁判所は職権で差押命令を取り消すことができます(同条6項)。
また、
●差押命令を債務者に送達できないときには、裁判所が、差押債権者に対し、相当の期間内に送達すべき場所の申し出等をすべきことを命ずることができます(改正法145条7項)。
裁判所の定める相当の期間内に、差押債権者がこの申し出等をしないときは、裁判所は職権で差押命令を取り消すことができます(同条8項)。
今回の改正により、債権者が事件の終了を放置している場合、裁判所が職権的に事件を終了させ、第三債務者の負担を軽減させることができます。
以上、民事執行法の主な改正点の概要について、説明しました。
今回の改正によって、債権者による債務者の財産状況の把握など、執行手続の柔軟性が図られ、より一層活用しやすくなったといえるでしょう。
とはいえ、裁判手続や執行手続は煩雑であり、法的知識がない方にとって容易に利用できるものとはいえません。
取引上の債権を回収したい、養育費をしっかり払わせたい、子の引渡しを求めたいなどの悩みをお持ちの方は、執行手続まで含めて、専門家であり、経験豊富な弁護士に相談してみることをぜひともおすすめします。